
Bugatti Type 54 Bachelier Roadster
この美しく優雅なラインを持つブガッティは、一見すると普通のロードスターのように見えるが、その内側には5リッター300馬力のスーパーチャージャー付きエンジンを搭載したタイプ54グランプリレーサーが隠されている。
この美しく優雅なラインを持つブガッティは、一見すると普通のロードスターのように見えるが、その内側には排気量5リッター・300馬力のスーパーチャージャー付きエンジンを搭載したタイプ54グランプリレーサーが隠されている。 1932年、イギリスの貴族でありレーシングドライバーでもあったアール・ハウはタイプ54を1台購入し、フランスグランプリに出場する。だがギアボックスの故障でリタイアし、そもそもこの車に満足していなかった彼は、イギリス人のブガッティ愛好家L.G.「バッチ」バシェリエに売却する。 ロンドン南西部にある自らの工房で、バシェリエはタイプ54のシャシーにロードスターのボディを架装する。その際、自身の所有するタイプ55ロードスターを手本とした。しかしバシェリエは重い病に冒されており、車が完成する直前に亡くなってしまう。 その後、この Bugatti Type 54 Bachelier Roadster は複数のオーナーの手に渡る。1940年代末のレースでクラッシュし、不適切な方法で修復されてしまう。1986年になると新たなオーナーが現れ、オリジナルのバシェリエ製ボディを探し出し、この唯一無二のブガッティを正しい手順でレストアすることに成功した。 2001年、この車はカリフォルニア州ペブルビーチのコンクール・デレガンスで、最もエレガントな戦前スポーツカーに贈られるブリッグス・カニンガム・トロフィーを獲得する。 ブガッティ・タイプ54は、操るのが非常に難しい車として知られている。タイプ54はわずか5台しか製造されず、そのうち2台はクラッシュで修復不能な損傷を受け、ドライバーのロブコヴィッツとスタニスラウス・チャイコフスキ伯爵が命を落としている。後者は自身のタイプ54で平均速度213.8km/hを記録し、1時間走行の世界記録保持者でもあった。
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