
Duesenberg Model Sj Lagrande Dual-cowl Phaeton
機械式スーパーチャージャーを搭載したデューセンバーグSJが1932年に登場する
グレタ ガルボ、クラーク ゲーブル、ゲーリー クーパー、ジェームズ キャグニー、メイ ウエスト、ルペ ベレス、ジョー E. ブラウン、ドロレス デル リオ、ハワード ヒューズ、ウィリアム ランドルフ ハースト、スペイン王アルフォンソ13世、ユーゴスラビア王妃マリー、ルーマニア王子ニコラス──デューセンバーグには、ハリウッドをはじめとする上流社会の多くの著名人がオーナーとして名を連ねていた。 このデューセンバーグ SJ の最初のオーナーは、第1次世界大戦で活躍した非常に裕福な戦闘機パイロット、レジナルド シンクレアである。S は「Supercharged」(スーパーチャージャー付き)を意味する。他のデューセンバーグのオーナーたちと同様に、彼も新車に約2万ドルを支払った。およそ8500ドルがエンジン付きシャシー、1万2000ドルがボディで、この個体ではラグランデ製ボディに、ロルストンが製作したV字型フロントウインドウが備わっていた。当時フォード車は500ドルで買えたので、シャシーだけの価格でさえフォード17台分に相当したことになる。 機械式遠心スーパーチャージャーを備えたデューセンバーグ SJ は1932年に登場した。スーパーチャージャーのおかげでエンジン出力は320馬力となり、最高速度は時速210キロに達した。ただしスーパーチャージャーが大きなスペースを必要としたため、排気管はボンネットの外側にレイアウトされている。この力強い外観が好評だったことから、スーパーチャージャーを持たないデューセンバーグ J に対しても、同じ外装を1000ドルのオプションとして用意することになった。 J 型と SJ 型はいずれも販売成績は良好だったものの、最終的には大恐慌の影響が勝り、デューセンバーグ社は1937年に工場を閉鎖せざるを得なかった。SJ はおよそ35台しか製造されていない。本車は、その中で唯一ラグランデ製ボディを持つ SJ である。
訪問を計画する

