
Lagonda M45r The 1935 Le Mans Winner
ルマンで優勝したラゴンダは博物館に展示されており、今もなおオリジナルの内装、ボディ、インテリアが残っています。
このラゴンダ M45R の後ろに付いているワインボトルは、1935年の「ル・マン」決勝前夜になってから急きょ取り付けられたものだ。参戦していたアルファロメオにも同じようなボトルが付いていたためである。そのため作業は大急ぎで行われ、ボトルは少し傾いて取り付けられている。レプリカ車では、このボトルはきちんと真っ直ぐに付けられている。 ほとんどオイルが残っていないエンジンと、大雨の中でスピンしたアストンマーティンに追突されたことで損傷したステアリング機構を抱えながらも、このラゴンダは1935年のル・マンで完走を果たす。ドライバーのヒンドマーシュとフォンテスから成るラゴンダチームは、アルファロメオのヘルデ(名ドライバー、ドレイファスの偽名)とストッフェル組から激しいプレッシャーを受けていた。アルファロメオはル・マンで5連覇を達成し、ベントレーの記録に並ぶことを狙っていたのである。しかしヘルデはピットクルーから誤った情報を受け取り、自分たちが首位に立っていると思い込んでしまう。実際にはラゴンダより1周遅れており、その結果ラゴンダが優勝を手にする。総走行距離は3006.8キロメートル、平均速度は時速125.3キロであった。 博物館に展示されているル・マン優勝車のラゴンダは、当時のオリジナルの内装、ボディ、インテリアを今も保っている。これは、1935年のル・マンに向けてディーラーのアーサー・フォックスがエントリーした2台のラゴンダのうちの1台である。テストドライバーのジョン・ヒンドマーシュとルイス・フォンテスがドライバーコンビを組んだ。特に21歳のフォンテスは有力候補の一人と目されていたが、この才能あるドライバーは、わずか1シーズンの成功を収めた後、早々にレース界から身を引くことになる。 この車は「ル・マン」後、就任したばかりのラゴンダ会長アラン・グッドに売却された。その直後、グッドは新たな技術ディレクターとしてウォルター・オーウェン・ベントレーを迎え入れることになる。
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