
Napier TYPE 21 ROI-DES-BELGES TOURER
ネイピアは世界初の6気筒量産エンジンを開発し、イギリスを代表する自動車メーカーの一つとなりました。数少ない自動車メーカーの一つとして、ネイピアは車体も自社で製造していました。
1907年、S.F.エッジ(ネイピアのトップセールスマン)は、インドのハイデラバードのニザームにネイピア自動車6台を販売した。理由は今も不明だが、そのうちの1台分のシャシー(本車両)はニザームに引き渡されず、イギリスに残された。このシャシーには前部シートと大型燃料タンクが取り付けられ、他の2台のネイピアと共に、新しく建設されたブルックランズ・サーキットで24時間ノンストップ走行に投入された。これはネイピアというブランドの信頼性を証明するためであった。ブルックランズの正式オープン前に、S.F.エッジは平均速度106km/hで2544kmを走破し、この記録は実に17年間破られなかった。記録挑戦中、エッジはたびたびタイヤ交換のためにピットインしなければならなかったが、BSA製のセンターロック式ホイールを採用していたおかげで、タイヤ交換は非常に素早く行うことができた。 T21のエンジンは公称60馬力だったが、回転数を上げることで90馬力まで発揮することができた。このエンジンは、当時の競合車の2倍にあたる毎分2500回転という高回転まで回すことができた。また、ネイピアT21には最新式の高圧点火装置とエンジン用の圧送式潤滑システムが装備されていた。さらに、この車は優れたハンドリングでも高く評価されていた。合計103台生産されたネイピアT21のうち、現存が確認されているのはわずか3台に過ぎない。 2019年、ロウマン・ミュージアムはこのシャシーに新たにボディを架装し、当時ハイデラバードのニザームに納車されていたはずの姿を正確に再現した。「Roi-des-Belges(ロワ・デ・ベルジュ)」という名称(「ベルギー王」の意)は、当時の流行したボディスタイルの呼び名で、ベルギー王レオポルド2世のお気に入りのボディ形状にちなんで名付けられたものである。 この車は1910年までの自動車生産の中でも、まさに頂点に位置する1台である。当時として間違いなく最も洗練された自動車の一つと言える。
訪問を計画する

