
アートかキッチュか?1955年のロンドン・アールズコート・モーターショーの来場者は、このダイムラーをコーチビルダー、フーパーのスタンドで目にしたときに判断することになる。金メッキのトリム、シマウマの毛皮のシート張り、象牙製(!)のダッシュボード、そしてシマウマのラジエーターマスコットまで備えているのだ。
キッチュかアートか? 1955年のロンドン・アールズコート・モーターショーの来場者たちは、このダイムラーをコーチビルダー、フーパーのスタンドで目にして、そう評したかもしれない。金メッキのトリム、シマウマの毛皮のシート張り、象牙製(!)のダッシュボード、そしてシマウマのラジエターマスコット付きの一台である。 この車はレディ・ドッカーの発案によるものだ。彼女は元ナイトクラブダンサーで、2度の大富豪との結婚を経たのち、1949年にダイムラーのオーナー企業であるBSAの会長、サー・バーナード・ドッカーと結婚した。レディ・ドッカーは、ダイムラーというブランドの知名度が低く、もっと評判を高めるべきだと考えていた。彼女は自らスタイリスト役を買って出て、1951年から毎年、コーチビルダーのフーパーに極めて華美なショーモデルをデザインさせた。ここで紹介しているのは1955年のモデル「ゴールデン・ゼブラ」で、前述の装備に加え、カクテルバー、ピクニックセット、レザーのトランクセット、そして豪華な(象牙製の)メイクアップセットまで備えていた。 しかしBSAの経営陣は、ドッカー夫妻の派手で金食いなライフスタイルにとうとう我慢がならなくなる。戦後のイギリスはまだ復興半ばであり、その状況も反発を強めた。サー・バーナードは取締役会から追放される。車たちは過剰な装飾を取り外され、売却された。 その後「ゴールデン・ゼブラ」は何人ものオーナーの手を渡り歩き、1998年から2006年にかけてオリジナルの姿へとレストアされた。内装用にはケニアからシマウマの毛皮が輸入された。もちろんダッシュボードはもはや象牙ではなく、アイボリーウッドとシカモアを組み合わせた素材で作られている。 BSA時代の終焉の後、サー・バーナードとレディ・ドッカーは社交界から締め出され、次第に多くの財産を失っていく。晩年の2人は、税金から逃れるようにジャージー島の平屋のバンガローでひっそりと暮らした。
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