
Napier 100-hp Gordon Bennett Racing Car
「ブリティッシュ・レーシング・グリーン」は今やよく知られた存在ですが、実はイギリスのカラーリングではなく、アイルランドのものです。
British Racing Green は今や一つの概念となっている。しかしこれはイギリスのカラーリングではなく、アイルランドの色だ。1900年、新聞王であり日刊紙 New York Herald のオーナーであるジェームズ・ゴードン・ベネットが、各国代表チームによる自動車レースのためにカップを創設する。このレースは毎年一般道で開催され、前回の勝者となった国で行われる決まりだった。1902年にはイギリスが勝利するが、イギリスでは一般道でのレースが認められていなかったため、1903年大会はアイルランドで開催されることになる。開催国への敬意を表して、その年に出場した Napier のレーシングカーはアイルランドのナショナルカラーである緑色に塗装された。 Napier はその後もこの色を使い続ける。ロンドンの裕福な製粉業者マーク・メイヒューは、この出力100馬力、排気量11.1リッターの Napier を駆り、1904年の Gordon Bennett レースに出場する予定だった。その年の初め、メイヒューはニースで行われたレースに出場し、参戦した全てのメルセデスを打ち破り、最高速度132km/h を記録する。彼の前に出られたのは、より高性能な Gobron-Brillie の自動車だけだった。 しかし Gordon Bennett Cup の予選レースがマン島で行われた際、メイヒューはクラッシュし、フロントアクスルを損傷してしまう。その後この車は操縦性が極端に悪化し、予選通過はならなかった。 1905年に向けて当初この車は再び選出されるが、最終的にはより新しい Napier である Samson を優先するためにエントリーが取り消される。古い100馬力の Napier はアメリカの納屋に放置され、1950年になってコレクターのジョージ・ウォーターマンによってようやく発見されることになる。
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